突然のがん宣告:告知について
◆2003年12月、妻に癌が見つかりました
あれは、年の瀬を控えた2003年の12月中旬のことでした。もとも
と貧血気味だった妻だが、「ちょっと今回のはいつもと違う気が
する」と何度も繰り返し言うので、かかりつけのドクターで診て
もらい薬は貰ったのですが、それでも改善せず、本人自身がこれ
は普通ではないと感じたらしく「検査を受けたい」というので脳
外科や婦人科系の検査を受けて異常なし、
後は胃腸の検査だけということで、まずは胃のバリウム検査を受
けました。
当日は、私は仕事で家を空けていましたが、午後になって妻から
電話がかかってきました。
「どうも胃になにかあるみたい。明日、内視鏡検査をするんだっ
て」と言うや否や、ベソをかき激しく泣き始めたのです。
翌日、胃の内視鏡検査に付き添ったところ、ドクターから
「潰瘍があるので、すぐに国立病院の消化器科を受診するよう
に」という紹介状をもらいました。
「もしかして、癌ですか?」という質問には「いや、今の段階で
は潰瘍としか言いようがない。国立病院で精密検査を受けてみな
ければ何ともわからない」と言葉を濁すドクターでしたが、撮影
された胃の写真を見せられ、その潰瘍の酷さに、私は直感として
ガンであることを感じ取りました。
しかし、妻には「とにかく国立病院で検査を受けてから考えよう」
と努めて明るい声で言うのが精一杯だったことを覚えています。
◆診断は進行性の胃がん
翌日、紹介された国立病院の消化器科へ行くと、再び胃の内視鏡
による検査となりました。前日に続き、再度の内視鏡検査に心身
ともに辛そうな妻の姿を見るのは忍びなかったのですが、この病
気が何かはっきりしなければ闘うことはできません。
私の直感はガンであることを告げていましたが、検査が進むにつ
れてできれば胃潰瘍であってほしい、それが叶わぬなら良性の腫
瘍であってほしい、そして万が一にも悪性腫瘍であるなら初期の
がんであってほしいと願うばかりでした。
そんな願いも空しく、ドクターから悪性腫瘍(胃癌)と告げられ、
必ずしも初期レベルとは言えないというものでした。
時期的にはクリスマス前で、年末年始を控えていたこともあって
すぐに手術は行われず、とりあえず精密検査入院となりました。
幸いに他の臓器に癌は認められなかったため、2004年1月15日が
手術日と決りました。
◆淡々と自然な形で行われた、がん告知
今振り返っても不思議なのですが、胃癌であるということをドク
ターは淡々と自然な形で告げられ、それを動揺の中にも比較的冷
静に受け止めることが、その時にはできました。
その背景として「悪性か良性かは50%の確率ですが、潰瘍が酷い
のが気にかかっています」という事前的な告知があったために、
私も妻もある程度は心の準備をすることができたのがいちばんの
理由です。
また、今は告知が主流となっているみたいで、ドクターも明確に
宣告する前に、やや遠まわしな口調でしゃべったり、目や動作で
重篤な病であることを示唆し、患者やその家族に受け入れの準備
をさせてから『告知』へと進んでいるみたいです。
◆『告知』の受け入れには少し時間が必要です
必ずしも初期の癌ではなく、お正月後に手術が必要と言われたこ
とは、当然ですが私の想像をはるかに超えるくらいに妻(患者)
には大きな衝撃でした。
病室に戻り、ひと息ついた途端に妻は大粒の涙を流し、そして激
しく泣き始めました。私にできたことは、きちんと泣かせてあげ
ようと肩を抱いてあげたくらいです。
心の中に起きている大嵐。それは、いくら家族であっても本人に
しかわからない大きな悲嘆です。
こういう心理状態の時は「がんばれ」と言うよりも、何でもいい
から生きたいというモチベーションを持たせることが必要です。
当事、長男が小学校卒業、中学校入学を控えていたものですから、
とにかく長男の晴れ姿を見る権利と義務があるということを妻に言い
聞かせました。
スポンサーあれは、年の瀬を控えた2003年の12月中旬のことでした。もとも
と貧血気味だった妻だが、「ちょっと今回のはいつもと違う気が
する」と何度も繰り返し言うので、かかりつけのドクターで診て
もらい薬は貰ったのですが、それでも改善せず、本人自身がこれ
は普通ではないと感じたらしく「検査を受けたい」というので脳
外科や婦人科系の検査を受けて異常なし、
後は胃腸の検査だけということで、まずは胃のバリウム検査を受
けました。
当日は、私は仕事で家を空けていましたが、午後になって妻から
電話がかかってきました。
「どうも胃になにかあるみたい。明日、内視鏡検査をするんだっ
て」と言うや否や、ベソをかき激しく泣き始めたのです。
翌日、胃の内視鏡検査に付き添ったところ、ドクターから
「潰瘍があるので、すぐに国立病院の消化器科を受診するよう
に」という紹介状をもらいました。
「もしかして、癌ですか?」という質問には「いや、今の段階で
は潰瘍としか言いようがない。国立病院で精密検査を受けてみな
ければ何ともわからない」と言葉を濁すドクターでしたが、撮影
された胃の写真を見せられ、その潰瘍の酷さに、私は直感として
ガンであることを感じ取りました。
しかし、妻には「とにかく国立病院で検査を受けてから考えよう」
と努めて明るい声で言うのが精一杯だったことを覚えています。
◆診断は進行性の胃がん
翌日、紹介された国立病院の消化器科へ行くと、再び胃の内視鏡
による検査となりました。前日に続き、再度の内視鏡検査に心身
ともに辛そうな妻の姿を見るのは忍びなかったのですが、この病
気が何かはっきりしなければ闘うことはできません。
私の直感はガンであることを告げていましたが、検査が進むにつ
れてできれば胃潰瘍であってほしい、それが叶わぬなら良性の腫
瘍であってほしい、そして万が一にも悪性腫瘍であるなら初期の
がんであってほしいと願うばかりでした。
そんな願いも空しく、ドクターから悪性腫瘍(胃癌)と告げられ、
必ずしも初期レベルとは言えないというものでした。
時期的にはクリスマス前で、年末年始を控えていたこともあって
すぐに手術は行われず、とりあえず精密検査入院となりました。
幸いに他の臓器に癌は認められなかったため、2004年1月15日が
手術日と決りました。
◆淡々と自然な形で行われた、がん告知
今振り返っても不思議なのですが、胃癌であるということをドク
ターは淡々と自然な形で告げられ、それを動揺の中にも比較的冷
静に受け止めることが、その時にはできました。
その背景として「悪性か良性かは50%の確率ですが、潰瘍が酷い
のが気にかかっています」という事前的な告知があったために、
私も妻もある程度は心の準備をすることができたのがいちばんの
理由です。
また、今は告知が主流となっているみたいで、ドクターも明確に
宣告する前に、やや遠まわしな口調でしゃべったり、目や動作で
重篤な病であることを示唆し、患者やその家族に受け入れの準備
をさせてから『告知』へと進んでいるみたいです。
◆『告知』の受け入れには少し時間が必要です
必ずしも初期の癌ではなく、お正月後に手術が必要と言われたこ
とは、当然ですが私の想像をはるかに超えるくらいに妻(患者)
には大きな衝撃でした。
病室に戻り、ひと息ついた途端に妻は大粒の涙を流し、そして激
しく泣き始めました。私にできたことは、きちんと泣かせてあげ
ようと肩を抱いてあげたくらいです。
心の中に起きている大嵐。それは、いくら家族であっても本人に
しかわからない大きな悲嘆です。
こういう心理状態の時は「がんばれ」と言うよりも、何でもいい
から生きたいというモチベーションを持たせることが必要です。
当事、長男が小学校卒業、中学校入学を控えていたものですから、
とにかく長男の晴れ姿を見る権利と義務があるということを妻に言い
聞かせました。


