余命宣告の是非

以前、進行がん・末期がんの場合には告知はどうあるべきか?というテーマについてお話しました。
さまざまな意見をいただきましたが、末期がんの場合、がんの告知とともに余命宣告が行われることがあり、これについてもいろいろな意見が出ました。

◎余命宣告は誰のためのもの?
約10年前に管理人の父親は胃がんになりました。5月にガンと診断されてすぐに入院しました。
私をはじめ家族は別室へ呼ばれ、癌がすでに食道や肝臓へ複数転移していたことから手術はできないとの説明を受け、「末期がんでお盆まで命があるかどうか分からない」と余命宣告を受けました。

当時、父親には癌とは告げませんでしたが、本人は自覚していて「何の病気かは分かっている」と言っていました。

医師の診断によると余命はおよそ3ヵ月…。
本人に言うべきか、このまま黙っておくべきか、家族の話し合いが何度も行われました。その結果、76歳という高齢であり、このまま静かに痛みのないように療養してもらい、昼間は家族の誰かがいつも病室にいるようにして見守ろうということにしました。

癌であるということは、父と家族の暗黙の了解です。しかし、余命についてはいっさい触れず、少しずつ眠りが長くなっていく父の傍にいて、安心感を持ってもらえるようにしました。

当時の選択は、今でも正しかったと思っています。76歳という高齢である父親に、「あと3ヵ月くらいの命と告げられました」とは言えませんでした。


◎余命宣告が必要な場合とは?
管理人もがん患者のひとりです。転移も経験しています。2人の子供は高校生と中学生で、まだまだ親の保護を必要とし、そのためにはまだまだ働かなければなりません。

下の子がすべての学校を終えるまでは元気でいてやりたいと思いますが、どうなるかは運と免疫力次第というところでしょうか…。

ということで、もしも癌が再転移したり再発したと仮定して、残念ながら治療の見込みなく余命が明らかになった場合、管理人は余命宣告を希望します。

何も知らされずに逝くよりも、宣告を受けることで残された時間をどう生きるべきなのかを考え、そして行動することができると思います。

人生に遣り残したことがあると見受けられ、何も言わずに逝っては残された家族が戸惑うばかりという場合には、余命宣告があって然るべきではないかと考えます。

ただ、人は言い方ひとつで安心したり不安に陥ったりします。「死」は免れないものであったとしても、残りの時間を気力を持って充実させることができるような告げ方が必要だと考えます。


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gion2275 at 21:20│Comments(0)clip!がん告知 

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