忌野清志郎さん、がん性リンパ管症で逝く
ロック歌手、忌野清志郎(いまわの・きよしろう、本名・栗原清志=くりはら・きよし)さんが2日、がん性リンパ管症のため亡くなりました。
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8歳の若さでした。葬儀は5月9日午後1時、東京都港区南青山の青山葬儀所にて行われるということです。
忌野清志郎さんといえば「ベイベー!」や「愛し合ってるかーい!」などの決めぜりふ、奇抜な衣装と演出で知られるロック歌手です。
東京に生まれ。1968年に忌野さんをリーダーとするバンド「RCサクセション」を結成し、1970年に「宝くじは買わない」でデビューされました。72年には「ぼくの好きな先生」が、80年には「雨あがりの夜空に」が大ヒット。70年代や80年代前半に青春を過ごした方にとっては、とても懐かしいと感じる方も多いのではないでしょうか。
また、1982年には坂本龍一さんと組んでリリースしたシングル「い・け・な・いルージュマジック」が話題となり、日本の「ロックの神様」としてコンサートやCM、映画などで活躍した経歴をお持ちです。
忌野清志郎さんは、2006年7月に喉頭(こうとう)がんと診断され入院。
治療を続けた後、2008年2月に日本武道館で復帰しました。
しかし、同7月、左腸骨にがんが転移していたことが判明、再び活動を中止し放射線治療などを受けていたといいます。
音楽に対する鋭い感性と自己を表現する個性、そしてファンを魅了するサービス精神が旺盛だった忌野清志郎さん。心からご冥福を祈りたいと思います。
<がん性リンパ管症とは…>
がん性リンパ管症とは、肺の細かいリンパ管やリンパ節(リンパ管の途中にあって、チェックポイント的な役割をしているところ)に、がん細胞が詰まってしまうこと
です。
がん性リンパ管症を治癒する方法はなく、呼吸困難を和らげるための酸素吸入やステロイド剤などの使用で苦しみを緩和させるための対症療法となります。
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8歳の若さでした。葬儀は5月9日午後1時、東京都港区南青山の青山葬儀所にて行われるということです。
忌野清志郎さんといえば「ベイベー!」や「愛し合ってるかーい!」などの決めぜりふ、奇抜な衣装と演出で知られるロック歌手です。
東京に生まれ。1968年に忌野さんをリーダーとするバンド「RCサクセション」を結成し、1970年に「宝くじは買わない」でデビューされました。72年には「ぼくの好きな先生」が、80年には「雨あがりの夜空に」が大ヒット。70年代や80年代前半に青春を過ごした方にとっては、とても懐かしいと感じる方も多いのではないでしょうか。
また、1982年には坂本龍一さんと組んでリリースしたシングル「い・け・な・いルージュマジック」が話題となり、日本の「ロックの神様」としてコンサートやCM、映画などで活躍した経歴をお持ちです。
忌野清志郎さんは、2006年7月に喉頭(こうとう)がんと診断され入院。
治療を続けた後、2008年2月に日本武道館で復帰しました。
しかし、同7月、左腸骨にがんが転移していたことが判明、再び活動を中止し放射線治療などを受けていたといいます。
音楽に対する鋭い感性と自己を表現する個性、そしてファンを魅了するサービス精神が旺盛だった忌野清志郎さん。心からご冥福を祈りたいと思います。
<がん性リンパ管症とは…>
がん性リンパ管症とは、肺の細かいリンパ管やリンパ節(リンパ管の途中にあって、チェックポイント的な役割をしているところ)に、がん細胞が詰まってしまうこと
です。
がん性リンパ管症を治癒する方法はなく、呼吸困難を和らげるための酸素吸入やステロイド剤などの使用で苦しみを緩和させるための対症療法となります。


