すい臓がんで逝く「グイン・サーガ」栗本 薫さん
ミステリーやSF小説、評論活動など幅広い分野で活躍した作家の栗本薫(くりもと・かおる、評論家名は中島梓=なかじま・あずさ)さんが26日午後、膵臓がんのため東京都内の病院で亡くなりました。享年56歳の若さでした。
栗本 薫さんは早稲田大学の文学部を卒業し、1977年に評論「文学の輪郭」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。翌年、テレビ局内での殺人事件を描いた「ぼくらの時代」が江戸川乱歩賞を受賞し脚光を浴びました。
1979年にスタートさせたSF大河小説「グイン・サーガ」は120巻を超えて執筆を続け、「世界最長の小説」(版元の早川書房)となりました。
「栗本薫」「中島梓」という2つの名前を使い分け、80年代にはテレビ朝日系のクイズ番組にレギュラー出演し、お茶の間でもおなじみの存在となりました。
また、音楽が好きで自らバンド活動を行い、ミュージカルの脚本や演出なども手掛け、その多彩な才能を発揮。邦楽など伝統文化にも詳しく、日常的に着物を愛用したことでも知られています。
90年に乳がん、2007年末には膵臓がんの手術を受け、自宅療養を続けていました。病床でも執筆を続け、08年夏には闘病記「ガン病棟のピーターラビット」を刊行。
その後、膵臓がんは肝臓へ転移し、闘病しながら執筆活動を続けていました。
すい臓がんの病状が悪化する中、ホームページでは「からだのきくうちにやりたいことをすべてやっておきたい、と切実に思っています」など心情を吐露していました。
“世界最長”の金字塔を打ち立てた「グイン・サーガ」は今年で刊行開始から30年を迎え126巻にも達しています。
栗本 薫(中島 梓)さんのご冥福をお祈りいたします。
すい臓がんは、膵臓から発生した悪性腫瘍です。膵臓がんは、早期発見が非常に困難な上に進行が早く、予後が悪いと言われています。
このことから「癌の王様」と呼ばれることもあり、非常に注意が必要な癌であるとされています。
厚生労働省の人口動態調査によると、すい臓がんによる2004年の死亡数は22,260人で、男性11,933人、女性10,327人となっています。
癌の死因別では男女とも第5位で、すい臓がんで亡くなる人は年々増加傾向にあるとされています。
詳しくは、すい臓がんをご覧ください。
スポンサー栗本 薫さんは早稲田大学の文学部を卒業し、1977年に評論「文学の輪郭」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。翌年、テレビ局内での殺人事件を描いた「ぼくらの時代」が江戸川乱歩賞を受賞し脚光を浴びました。
1979年にスタートさせたSF大河小説「グイン・サーガ」は120巻を超えて執筆を続け、「世界最長の小説」(版元の早川書房)となりました。
「栗本薫」「中島梓」という2つの名前を使い分け、80年代にはテレビ朝日系のクイズ番組にレギュラー出演し、お茶の間でもおなじみの存在となりました。
また、音楽が好きで自らバンド活動を行い、ミュージカルの脚本や演出なども手掛け、その多彩な才能を発揮。邦楽など伝統文化にも詳しく、日常的に着物を愛用したことでも知られています。
90年に乳がん、2007年末には膵臓がんの手術を受け、自宅療養を続けていました。病床でも執筆を続け、08年夏には闘病記「ガン病棟のピーターラビット」を刊行。
その後、膵臓がんは肝臓へ転移し、闘病しながら執筆活動を続けていました。
すい臓がんの病状が悪化する中、ホームページでは「からだのきくうちにやりたいことをすべてやっておきたい、と切実に思っています」など心情を吐露していました。
“世界最長”の金字塔を打ち立てた「グイン・サーガ」は今年で刊行開始から30年を迎え126巻にも達しています。
栗本 薫(中島 梓)さんのご冥福をお祈りいたします。
すい臓がんは、膵臓から発生した悪性腫瘍です。膵臓がんは、早期発見が非常に困難な上に進行が早く、予後が悪いと言われています。
このことから「癌の王様」と呼ばれることもあり、非常に注意が必要な癌であるとされています。
厚生労働省の人口動態調査によると、すい臓がんによる2004年の死亡数は22,260人で、男性11,933人、女性10,327人となっています。
癌の死因別では男女とも第5位で、すい臓がんで亡くなる人は年々増加傾向にあるとされています。
詳しくは、すい臓がんをご覧ください。


