コメントを寄せてくださった皆様に感謝!
これまでたくさんのコメントを寄せてくださった皆様、本当にありがとうございます。お一人おひとりのコメントがどれほど心の支えになったことか…。
管理人が少しは前向きになれたのも、いただいたコメントのおかげと言っても過言ではありません。
きょう、少し時間が取れましたので、あらためて頂戴したコメントを読み返してみました。
同じ舌癌で闘病中のLiving Tosh様、たけちゃん様、かず様、あや様、sakai様をはじめ口腔底癌になられたnsoton様、お父様が舌癌手術をされた百水様、癌に関する貴重な情報を寄せてくださったひろ様、そしてババ様やシュンさん様、その他の皆様に心から感謝いたします。
また、sakai様には管理人の転移手術の際にはわざわざ病室までお見舞いに来てくださいました。あの時は、本当にうれしい驚きでした。あらためて「ありがとうございます」と申し上げます。
管理人のガンに対する素人の浅い知識や自分の舌癌体験を綴っていますが、こんなサイトでもコメントを寄せてくださる方々がいて、すごく心の拠り所となっています。
舌癌や口腔底癌に限らず、胃がんや肺がん、大腸がんなど、どの癌であれ手術や放射線、あるいは抗がん剤を受けた場合には、程度の大小は別として何らかの後遺症が生じます。
管理人のように舌癌の場合には味覚や嚥下機能の低下、口内の違和感、舌噛み、しゃべり辛さなどがあります。こうした不便やストレスと折り合いをつけながら毎日暮らしているわけですが、健康な人と話をすると時にすごくうらやましくなったりしちゃうんですね。
ないものをねだるより、あるもので工夫しながらQOLを充実させようとは思うのですが、ついつい「なんで俺がこんな目に遭わねばならないのか…」と考えることもあったりして、それこそ日替わり定食のように心が動いたりしちゃいます。
ホント、癌ってやっかい者ですよねえ!
とはいえ、なってしまったものは致し方ありません。神様があとどれくらいの命を残してくれたのかは分かりませんが、できることであれば何か生きていた証しを残してから召されたいものだと思うようになりました。
たとえば100歳までの時間を与えられたとしても毎日を無為に過ごせば、そこに生きている充実感はないでしょう。
仮に残された時間が限られたものだと告げられたとしても、自分のため家族のために有意義に使えたのなら失意に陥ることなく、感謝の中で召されることができるのではないでしょうか。
管理人は今、生活の再建とライフワークの発見を目標として生きています。
コメントを寄せてくださった皆様、そしてこのサイトへ遊びにきてくださった皆様はいかがですか?
果ては有限の人生です。それぞれに、いい時間を過ごしたいですね。さて、20日(金)は今年最後のエコー検査です。これを無事に乗り切って、今年の年頭に誓った2009年を無事に過ごすということを実現させたいと思います。
また、徒然に何か書きたいと思います。まずは、皆様へ感謝申し上げます。
管理人が少しは前向きになれたのも、いただいたコメントのおかげと言っても過言ではありません。
きょう、少し時間が取れましたので、あらためて頂戴したコメントを読み返してみました。
同じ舌癌で闘病中のLiving Tosh様、たけちゃん様、かず様、あや様、sakai様をはじめ口腔底癌になられたnsoton様、お父様が舌癌手術をされた百水様、癌に関する貴重な情報を寄せてくださったひろ様、そしてババ様やシュンさん様、その他の皆様に心から感謝いたします。
また、sakai様には管理人の転移手術の際にはわざわざ病室までお見舞いに来てくださいました。あの時は、本当にうれしい驚きでした。あらためて「ありがとうございます」と申し上げます。
管理人のガンに対する素人の浅い知識や自分の舌癌体験を綴っていますが、こんなサイトでもコメントを寄せてくださる方々がいて、すごく心の拠り所となっています。
舌癌や口腔底癌に限らず、胃がんや肺がん、大腸がんなど、どの癌であれ手術や放射線、あるいは抗がん剤を受けた場合には、程度の大小は別として何らかの後遺症が生じます。
管理人のように舌癌の場合には味覚や嚥下機能の低下、口内の違和感、舌噛み、しゃべり辛さなどがあります。こうした不便やストレスと折り合いをつけながら毎日暮らしているわけですが、健康な人と話をすると時にすごくうらやましくなったりしちゃうんですね。
ないものをねだるより、あるもので工夫しながらQOLを充実させようとは思うのですが、ついつい「なんで俺がこんな目に遭わねばならないのか…」と考えることもあったりして、それこそ日替わり定食のように心が動いたりしちゃいます。
ホント、癌ってやっかい者ですよねえ!
とはいえ、なってしまったものは致し方ありません。神様があとどれくらいの命を残してくれたのかは分かりませんが、できることであれば何か生きていた証しを残してから召されたいものだと思うようになりました。
たとえば100歳までの時間を与えられたとしても毎日を無為に過ごせば、そこに生きている充実感はないでしょう。
仮に残された時間が限られたものだと告げられたとしても、自分のため家族のために有意義に使えたのなら失意に陥ることなく、感謝の中で召されることができるのではないでしょうか。
管理人は今、生活の再建とライフワークの発見を目標として生きています。
コメントを寄せてくださった皆様、そしてこのサイトへ遊びにきてくださった皆様はいかがですか?
果ては有限の人生です。それぞれに、いい時間を過ごしたいですね。さて、20日(金)は今年最後のエコー検査です。これを無事に乗り切って、今年の年頭に誓った2009年を無事に過ごすということを実現させたいと思います。
また、徒然に何か書きたいと思います。まずは、皆様へ感謝申し上げます。


